バブル崩壊2

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    バブル崩壊2

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    雇用の抑制
    リクルートワークス調査によれば、企業の新規採用はバブル景気崩壊の1991年(約84万人)をピークに1997年(約39万人)まで減少した。
    その後は増加し1999年(約68万人)にピークとなった後再び低下し、2001年(約41万人)を底にその後は増加している。
    終身雇用が重視されていた当時の風潮の下では在籍している社員を解雇するのが困難だったために、過剰人員を削減する手段を新規採用の抑制に求めたことがその大きな理由である。
    この時期は人口が多い第二次ベビーブーム世代が就職する時期に重なったために、競争が激化して就職が極めて困難になった。
    俗に言う就職氷河期の到来である。
    就職できなかった多くの若者はフリーターやニートとなり、就職氷河期世代と呼ばれ、彼らの生活・雇用の不安定さ、社会保障の負担が充分できずにセーフティーネットから漏れてイザという時に直ちに困窮する状態に陥るなど、大きな社会問題となっている。
    失業率は、1998年頃からは経営の悪化からリストラを名目とした大規模な解雇も頻発するようになり、戦後最悪を記録し全国平均で5パーセントを超えるに至った。
    中途採用については、抑制がピークに達した1999年には有効求人倍率が0.5倍を割り込んだ。
    当時、企業の大小を問わず新規採用は軒並み「若干名」で、大手企業の「採用ゼロ」も少なくなかった。
    バブル崩壊以前は、一定の水準の評価を受けている大学を卒業していれば、その大学に見合った就職先が事実上保障されていたといっても過言ではなかったが、極端な採用抑制のために難関大学の卒業生でさえ非常に困難な就職活動を強いられた。
    また、本来であれば採用した新卒に対し、企業内で一定の期間教育を施して戦力として育て上げ、それから現場で業務に就かせることが普通であるが、業績の悪化を受けて教育の余裕もなくなり、新卒に対して「即戦力」たる能力を求める風潮もでてきた。


    公務員人気

    公務員人気
    この時期は公務員の人気が非常に高かった。
    民間企業の倒産やリストラの嵐で採用を絞るなか、「景気の動向に左右されにくい」という公務員の特徴がバブル期とは全く逆の捉えられ方をされ、その堅実性から公務員を希望する学生が増加した。
    他方で長引く不況下でも失業の心配がほとんど無く、収入減少の憂き目にも遭わず、年金や社会保険など福利厚生も充実した公務員が民間と比べて優遇されていると批判する世論も高まっていった。
    堅実な公務員職を希望する学生が増加する一方で、不況に伴う税収減少をうけた財政難から地方公共団体は新規採用を縮小したため、公務員は非常に狭き門と化した。
    あまりの就職難のために、大卒者がその学歴を隠し、高卒の採用枠で公務員に採用された例もあり、2000年代半ば以降神戸市や大阪市、さらには横浜市などで次々と同様の行為が発覚して問題となっている。
     
    雇用情勢回復
    2003年頃からようやく景気が回復基調に転じた頃、企業を長らく支えてきた団塊の世代の一斉退職が目前に迫っていた。
    本来であれば中堅社員や若手社員が団塊の世代の持つ経験や技術を受け継ぐ立場にあったが、長期に渡る採用抑制のために多くの企業で20〜30代半ばの社員が極端に少なく、人員の年代構成が歪んでいるため継承が円滑に行なわれていない。
    このため企業は急いで人員の確保に走り、2005年には新卒の求人倍率はバブル景気期と同程度にまでに回復し、2007年度の新卒大学生の求人状況は、「バブル景気時以上」といわれるほどの水準に達した。
    また、企業全般では深刻な人手不足になっているが、中核となる人材を育てる投資の視点から新卒・第二新卒の獲得に走る一方で、上記の「就職氷河期世代」のフリーターやニートを改めて正社員として雇い入れるには就労期間が短く投資の面から非効率的であるとして消極的である。
    2006年に発足した安倍晋三政権は世代間の格差拡大の是正の一環として、再チャレンジ制度を打ち出している。
    新卒採用の求人が増えた一方で、肝心の新卒はその殆どが不景気の日本しか知らずに育っており、それがゆえに大企業志望で、終身雇用・年功序列を求める保守的かつ安定指向の傾向にある。
    このため、大企業の競争率が非常に高い反面、中小企業はいくら求人を出そうとも新卒がなかなか応募してこず、厳しい局面に立たされている。
      

    労働者派遣・アウトソーシング
    労働者派遣・アウトソーシング
    規制緩和の一環として不況下の経費削減、殊に固定費削減のため企業の業務を担う人員や、業務そのものを企業本体から切り離し外部から調達する方法も取られる様になった。
    人員
    人材派遣業会社から人員を調達して企業の業務に当たらせることで雇用を流動化させた。
    企業にとって派遣は保険や年金等の社会保障を省略できる事、また、定年までの雇用の義務が無い事から、年金に対する負担が無い事、景気に応じて雇用の調整弁として有用なこと、そして、能力に応じた賃金を支払えば良く、年功序列に応じた高賃金の支払いを免れる利点がある。
    業務
    材料・部材、或いは製品そのものの製造を外部に委託し、設備投資や固定費用の削減を図る。
    更に、サーバー管理業務、DM発送業務を委託する事例も増えた。
    一方で、これらの供給を行う人材派遣会社、業務請負会社等も成立し、業績を伸ばしてきた。
    失われた10年の就職氷河期に曲がりなりにも雇用が確保されたのは、これら非正規雇用による賃金切り下げの効果なのは疑いがない。
    しかし、2007年現在、非正規雇用は全就業者の1/3を占めるまで増加し、バブル期以上といわれるまでに企業が利益を出しても彼等の待遇は変わらない。
    何歳になっても、また何年勤めてもいつ解雇されるか判らないため、子供どころか結婚も出来ない非正規雇用の若者(特に男性)が増加したと言われている。
     
    株持ち合いの解消
    日本では企業間で株を持ち合ったり、銀行が取引のある会社の株を持って安定株主を確保する傾向が強かった。
    株価上昇時には、この株も含み益をもたらしたが、株価下落に伴い、逆に含み損となって企業の会計を圧迫する負担要因となった。
    とりわけ銀行が株を所有していたことについては、安全と堅実を旨とすべき金融機関が不安定な資産、いわば博打に資金を投じた、といった批判が寄せられた。
    また、各々の銀行について、どこまで日経平均が下がれば所有する株が含み益から含み損に転じるかを調査し、それによって銀行の経営の優劣や健全性を論じることも行われた。
    また銀行の大半が含み損に転じる日経平均指数を算出し、「そこまで下がることはない」「そこまで下がらなければアク抜けせず株価は反転しない」「そこまで下がったら日本経済は崩壊する」など、各種の意見が出された。
    同時に、株を売却し、相互に持ち合う関係を解消する動きも出てきた。
    これは安定株主の喪失を招き、後に株の買い占めによる乗っ取りなどの事例が増えることにつながった。
    株主が次第に存在感を増すようになり、利害関係者の対立を背景に「会社は誰のものか」という議論がなされるようになった。
       

    会社資産売却
    会社資産売却
    会社の所有する不動産等が、本当に経営に見合うものかを精査する傾向が出てきた。
    保養地等を売却する動きが出たほか、オフィスをより賃料の安い場所に移して固定費を削減したり、本社ビルを売却して獲得した資金で経営の立て直しを図る会社も現れた。
    ビルの売却に際して、オフィスは入居したままで、新たな所有者に賃料を支払う形式にする例もある。
     
    土地の評価方法の変化
    それまでは土地神話もあり、土地は単に所有するだけでも資産価値があり、その価値は毀損しないものと思われた。
    土地の価格の算定にあたっては、取引事例比較法により、今までの取引実績や周辺での土地取引の事例に基づいて値段を決める方法が主だった。
    バブル崩壊後は、その土地が賃料等で上げる収益を勘案する収益還元法による評価方法も考慮される様になった。
     
    保険会社破綻
    バブル崩壊後の不況を受けて契約の解約が相次いで保険掛け金収入が減少し、また株価低迷を受けて保険金運用実績も思わしくなく、保険会社の経営を圧迫した。
    バブル期には貯蓄性の高い年金商品を中心に高い予定利率を約束した商品が販売されていたが、資金運用の実績が予定利率を下回る逆鞘状態に陥った。
    一部の保険会社は最終的に破綻に至り、その顧客の契約が他会社に引き継がれる際には保険金額の削減や予定利率の低減が行われた。
    また、逆鞘状態をアピールして、保険会社の都合で一方的に予定利率を削減できるスキームを設けることも検討された。

    不倫
    変額保険
    バブル景気のもとで地価が高騰するに伴い相続税額も膨らみ、いざ不動産を含む相続が発生すると手持ち資金が無く、相続税を払うことが出来ずに困窮する事態もあった。
    これに備える策の一つとして、借金をして変額保険に加入する手法が、盛んに喧伝された。
    保険を投資信託に似た投資勘定で運用することから、株価が上がる状況下では運用益を借入金返済の一助とできるし、保険金額(即ち資産)が増やせ、また、借金と相続資産を相殺して相続税額が抑えられ、さらに払い渡される保険金には別個の控除枠があり相続税の節税にもなるなど、良いことだらけの方法として、銀行から多額の借金をしてでも加入することが勧められた。
    最盛期には、払い込む保険掛け金を融資する銀行の担当者と、保険契約を結ぶ保険会社の担当者が、連れだって販売にまわることさえあった[7]。
    バブル崩壊後は不動産の価格が大きく下落すると同時に投資信託が大きな損失を出して受け取れる保険金額が目減りし続ける一方、借金はそっくり残り、場合によっては保険金を含めた全資産がマイナスに転じるなど、契約者を苦況に陥れた。
    満期時の返戻金額が元本を大きく下回り、手数料もかかることから解約にも踏み切れず、株価が下がるにつれて見る見る保険金額が減っていくのを目の当たりにして「私が早く死んだ方が良いということか」と問う被保険者に、担当者が「その通りです」と答えた事例も伝えられる。
    満期時の保険返戻金が、最低額が保証されている死亡保険金を大きく下回った場合には、死亡保険金を獲得する為に被保険者が自殺を選択した例もあった。
    後に、顧客側からリスクの説明を怠ったとして多くの訴訟が起され、だいたいのケースでは顧客と販売者双方の過失を認めるとともに、販売者側に損害賠償を命じている。
    こんど不倫旅行を計画してみたい。 不倫旅行ならどこに行くのがいいのだろうか。

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